2026/09/09 時事・雑感コラム
「じゃがバターは?」――『ちいかわ』の考察と弁護士の職業病
※本稿には『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』のストーリーに関するネタバレが含まれます。
先日、家族3人で『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観てきました。
私は『ちいかわ』について、ほとんど予備知識がありません。
ただ、「かわいい見た目に反して内容はダーク」「意外と大人に刺さる」といった評判は聞いていました。
そのため、子どもに見せて大丈夫なのだろうかと思う一方、私自身も少し期待して映画館に行きました。
実際に観てみると、確かに、単純に明るくかわいいだけの作品ではありません。
島の住人がセイレーンたちの遊びに巻き込まれて瀕死の重傷を負い、その命を救うために人魚を食べる。
人魚を食べられたセイレーンは怒り、犯人を探して島民を襲う。
一方、事情を知らない島民たちは、自分たちが一方的に襲われていると思い、セイレーンの討伐を依頼する。
それぞれの立場から見ると、それぞれに行動する理由があります。
このあたりが、「大人が観ても面白い」「考察したくなる」と言われる理由なのだろうと思います。
もっとも、観終わった私の感想は、
「昔のドラえもん映画にも、もっと怖くて重い話があったような……」
というものでした。
子どもの頃に観た作品にも、世界が滅びそうになったり、日常が異世界に侵食されたり、登場人物の死や自己犠牲を思わせるような展開は普通にありました。
「かわいい見た目なのに、実はかなり重い」という作品も、私がこれまで観てきた中にはいくつもあります。
そのため、私は『ちいかわ』を観て、「子ども向けに見えて、実はこんなに深い!」というほどの衝撃は受けませんでした。
もちろん、これは作品の良し悪しというより、単に私の受け取り方の問題だと思います。
娘の「工作」
一方、映画を一番楽しんでいたのは、小学2年生の娘だったようです。
帰宅後、YouTubeで映画の「考察動画」を次々と見て、
「あの歌には『たすけて』って隠れてるんだよ」
「炭酸は『単三』って意味なんだよ」
などと、私や妻に得意げに報告してくれます。
ちなみに娘は、しばらく「考察」を「工作」と呼んでいました。
「工作の動画でね……」
「何か作るの?」
というやり取りを何度かしました。
これはこれでかわいいものです。
そして娘から教えてもらった「考察」を聞いているうちに、今度は私の方が気になってきました。
たとえば、映画に登場する「島のうた」。
歌に出てくる食べ物などの頭を拾っていくと、途中に、
「た・す・け・て」
と読める部分があります。
これは確かに面白い。
さらに、その前にも「お・わ・び」と読めそうな並びがあり、ネット上では、これをつなげて「おわびにたすけて」という隠されたメッセージではないか、という考察もありました。
なるほど。
……いや、ちょっと待ってください。
じゃがバターがいます。
素直に拾っていくと、
「お・わ・び・じゃ・た・す・け・て」
になってしまいます。
「ビールにじゃがバター」の「に」を拾えば、「おわびにたすけて」にできる、という説明もあります。
しかし、同じ歌には「ケバブに」の「に」や、「てりてりソースの焼きそば」の「の」もあります。
なぜ最初の「に」だけを拾うのだろう。
もちろん、作者がどこまで意図して作ったのか、私には分かりません。「たすけて」まで意図的なのかもしれませんし、「おわびにたすけて」まで仕込まれているのかもしれません。
ただ、娘が楽しそうに映画の話をしている横で、
「じゃがバターはどう処理するんだ」
と考えている自分もどうかとは思います。
ちなみに、私の同僚は「島のうた」の歌詞について、
「そもそも屋台にすきやきはないだろ」
と、身も蓋もないツッコミをしていました。
「なるほど」の前に「本当か?」と思ってしまう
私は昔から、何かもっともらしい説明を聞いたときに、素直に「なるほど!」とはなかなかなりません。
「でも、それだとこっちは説明できなくないか」
「同じルールを別の場面にも適用したらどうなるのか」
と考えてしまいます。
考察を楽しむ人からすれば、ずいぶん面倒な人間でしょう。
ただ、考えてみれば、これは弁護士の仕事でも毎日のようにやっていることです。
依頼者の説明を疑うという意味ではありません。
依頼者の話をきちんと理解し、信用して主張するためにも、客観的な資料と合っているか、相手から見たらどう見えるか、別の説明は成り立たないかを確認します。
相手方の主張についても同じです。
一見もっともらしい説明でも、前提を一つ変えたら崩れないか。同じ理屈を別の事実に当てはめても成立するのか。
そうやって一度確かめて、それでも残ったものなら、安心して信じることができます。
「信じるために疑う」
という言葉がありますが、私にはこの感覚が一番しっくりきます。
それでも「工作」は楽しい
もっとも、何でも疑えばよいという話でもありません。
娘は考察動画を見て「すごい!」と思い、それを私たちに教えること自体を楽しんでいます。
私のように、
「いや、その説だとじゃがバターがおかしい」
などと考え始めたら、せっかくの楽しみが減ってしまうこともあるでしょう。もちろん、そんなことを娘に言ったりはしませんが。
考察を素直に楽しめる娘と、その考察の整合性を検証し始める父親。
同じ映画を観ても、ずいぶん違うものです。
それでも、映画を観て終わりではなく、数日経っても家族で「あれはどういう意味だったんだろう」と話している。
そう考えると、私自身が作品に強くハマったかどうかとは別に、家族で観る映画としては、十分に楽しませてもらったのだと思います。
そして今日も娘は、「島のうた」と、うさぎとモモンガのラップを楽しそうに口ずさんでいます。